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長崎大学 医学部医学科 合格 / Hさん
今持つあなたの目標は不可能ではない
第一志望に合格し、こうやって合格体験記を書くなんて、数年前の自分は想像もできないだろうと思います。医学部受験を決心した当初、私の学力は無いに等しく、勉強の仕方が分からないのはもちろんのこと、大学受験の行程さえ知らない状態でした。
あの頃は、ひたすら医学部合格者の体験記を読みあさり、医学部合格のハードルの高さに茫然としたことを今でも覚えています。
そこで、今回、ここでは昔の私と同じ様な状況にいる方達に向けて、私のこれまでの過程を書くことで、今持つあなたの目標が不可能ではないんだと少しでも思っていただけたらと思います。
私は、中高一貫校に通っていました。私の学校は中学3年時から高校の授業が始まるのですが、ちょうどその頃様々な原因が重なり、学校に行けなくなりました。どんどん授業について行けなくなり、学校へ行く怖さ、友人関係の苦しさでいっぱいで、勉強も通学も出来ない自分をひたすら責め続ける日々でした。高校に上がって再スタートだと気持ちを新たにしましたが、いじめに巻き込まれ、再び学校に行けなくなりました。不登校の経験のある方には分かってもらえると思いますが、学校にいる時は、辛い、苦しい、怖い気持ちでいっぱいで、帰宅した後は、勉強をするエネルギーが残っていないのです。授業を受けても何を言っているのか分からない、学校を休むと宿題も提出できない、自分で勉強するにも、もうどこから手をつけたらいいのか分からないと酷い悪循環でした。
それでも中退だけはしたくないと、勉強は最低限して、卒業できるように出席はする方向に切り替え、日々挫折感、怖さ、苦しみを抱きながら過ごし、高校を卒業しました。

卒業はしたものの、学力も、夢も、自信もなく、残ったのは学生時代の苦しい記憶と、劣等感だけでした。あんなにも苦しかった学校から解放されたのにも関わらす、手元に何も残っていない現実に愕然としました。自分を責め、周囲を責め、何もできない状態が一年続きました。
このままではいけないと、自分を変えるため上京しようと思い立ち、資金を作るためにアルバイトを始めました。ある程度のお金が貯まり住む部屋を決めた矢先東日本大震災が起こったのです。

連日報道される目を覆いたくなるような被災地の光景に何かしなければと思うようになりました。その時、私の尊敬する医師が学生ボランティアを募集していることを知り、ボランティアとして南三陸に向かいました。
この経験を通し、初めて医師になりたいと思うようになりました。しかし、この夢と現実の自分とのギャップに途方にくれるばかりでした。そこから再び何も手に着かない状態に戻りました。学校にすらまともに行けなかった人間が医師になれっこない。でも、自分は何をすればいいのだろうと将来の不安は増すばかり。過去の苦しみばかり思い出し、辛い毎日が続きました。今振り返れば笑い話ですが、死を考えるほど苦しい日々でした。
二年経ち、生きているのか、死んでいるのか分からないこんな人生なら、医師という夢を叶えるため、悪あがきしてみようじゃないか、何年かかってもいい、この夢だけは捨ててはいけないと思うようになりました。この時から勉強に取り組み始めました。ネットで勉強法を学び、参考書を買い込み、高校時代の教科書を引っ張り出し、化学の元素記号から覚え始めました。それまでのストレスで記憶力が鈍っていたため、覚えても数分後には忘れる、文章を読んでも頭に入ってこない、参考書に書いてある説明すら理解できないと散々な状態でした。加えて、将来への不安、過去の記憶に苦しみ、自分の頭の使えなさに落ち込みながらの勉強の始まりでした。
一人では勉強は続けられないと予備校に入ったのが夏頃でした。その頃センターの得点は6~7割だったと思います。先生たち、他の受験生との関わりの中で少しずつ心を立て直し、勉強を続けていきました。一年半過ごし、センターの得点は8割弱まで伸びました。しかし、その時自分の学力に危機感を持っていました。独学で基礎力をつけた私には、できる所とできない所のムラがあり、集団授業を受けていても、いつまでもその穴が埋まっていかないことに気付き、焦りが生まれていました。しかし、一体どうすればその穴を埋められるのか、二次試験をクリアできるほどの学力はどのようにしたら身につくのか、見当がつきませんでした。これが、医学部合格の可能性が見え出した時の大きな壁だったと思います。
その時、たまたま特進スクールを見つけました。面談を受け、もう一年だけここで頑張ってみよう。それでもダメならもう諦めよう。そのような気持ちで特進での勉強がスタートしました。

この一年の勉強は、原点回帰だったと思います。一冊ずつ問題集をやり込み、単語帳を繰り返し覚え、教科書の一字一字を丁寧に読み取り、分からない所が出てきた時は、その都度先生に質問しました。私の細かい質問にも先生方は私が納得するまで答えてくれました。ただ質問に答えるだけでなく、私の視野を広げるような、知的好奇心が刺激されるような説明で、初めて面白いな、楽しいなと思いながら勉強ができました。私が途中心が折れそうになった時にも、先生方や特進スクールの受験生達に支えられました。不安で苦しくなっても、特進の教室に入り、先生方、特進の受験生達の姿を見ると、途端に心が軽くなって、勉強に励むことができました。
センター試験もなんとか乗り越え、第一志望校に出願できました。押し寄せてくる不安を先生方に解消してもらいつつ、特進の受験生達と気持ちを共有しつつ、前期試験までの時間を過ごしました。先生方と対策を練り、私がこうしたいと言ったことに対して、先生方は私が求める以上に応えていただきました。日中は教室で勉強し部屋に帰ると疲れ果てて横になるそんな1ヶ月でした。

受験当日は、不思議と不安な気持ちの中に冷静な自分がいました。どんな問題が来るだろうか、でも大丈夫、今持てる力を出すだけ、それだけだと思いながらの受験でした。一科目の英語で第一問が解けず焦りましたが、緊張の中自由英作文を仕上げ、落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせながら、他の問題を解答しました。英語は目標を大きく下回っただろうが、次の数学、理科では絶対にこの失点を補う点を取る、と悲観することなく落ち着いて残りの教科を受験しました。
試験終了後は「やりきった。」と思うことができ、二日目の面接も緊張はしたけれど大丈夫だと少し余裕を持って臨むことができました。じっくり取り組んだ面接対策が功を奏し、面接の初めから事前に先生と考えていた質問をされたため、言葉に詰まることなく、スムーズに面接を終えることが出来ました。
前期試験は、第一志望校をやりきったせいか、抜け殻の様でした。先生方の協力を得て何とか中期試験に向けて勉強を続けていきました。

そして、3月8日

前期試験発表の日。中期試験の真っ最中でした。試験後、怖くて合格発表を見ることができず、落ちたらどうしようか、もうこれ以上頑張れない、疲れたと思いながらようやく発表を見ると、そこには自分の番号がありました。
最初は信じられず、間違いかもしれないと思い、合格通知を受け取るまでは自分の合格を疑っていました。ずっと、この瞬間を思い描き、喜びに満ちる様を想像していましたが、案外冷静に合格を受け入れていました。
入学手続きを済ませ、特進スクールで4月に向けて勉強をしつつ、こうやって、体験記を書きながら、これまでを振り返ると、何年も続いたあの大きな苦しみがすっと心から消えていくような感じがします。もちろん、新たな心配は生まれているけれど、先生がおっしゃっていた、過去の苦しみは無駄にはならないという言葉が、今、何となく理解できる気がします。
長くなりましたが、今、この文章を読んでいる学校に行けない中高生、高校を卒業してなお苦しみながら抜け出せずに、悩んでいる受験生、夢が持てず途方に暮れている方がこの体験記を通して、0からでも、今がダメでも、諦めずにやり続ければ、抱いている目標を達成出来るんだと思ってもらえたら、一歩でも先に進んでもらえたらこれほど嬉しいことはないです。
私もまだまだ頑張ります。
これまで読んで下さ、ありがとうございました。

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